現在30歳という若さで、名高い花芸安達流の二代主宰を勤める安達 育さん。3年前に他界された母、奇才と謳われた初代安達曈子さんからの「人の心に響く花を生けるには、日頃から磨き上げた自分の技や個性を入れ込みながら、花の命を輝かせなければならない」という教えが心にいきているそうです。花の道にいかすべく、農、環境問題、都市問題などを学んだ育さんは、自然の生命力から生まれた日本の美をこれからの世代にも伝えてゆこうとしています。
第2回目は、「花の命を授かるのが生け花。花や草木を通して、これからも日 本人の美の心を育んでいけると思うのです」と語る安達 育さん。日本人特有の自然観と結びついた花と、その花を生活の中で楽しむ秘訣について。
「花芸」は、日本の美を尊ぶ心。花芸安達流の基本的な姿勢は、「花芸憲章」という憲章文にまとめられています。その第一条は、「花芸は日本の民族の美を愛する心の結晶である」というものです。
もともと西洋は狩猟民族で、どちらかと言えば人間が自然を制するという考え方です。それに対して元来農耕民族だった日本人は、自然との共存意識を大切にしながら生きてきました。山や海、川など豊かな自然の生命力を目にすることが日本人の美の原点になっており、花芸を通して日本人の美学を表現していこうということなのです。この美の原点でもある自然の命の力を、私と同年代の人をはじめ今の若い人たちの心の中にも育んでほしいと思うのです。
現在都会で一般的な日常生活をしていると、自然に触れる機会は少ないと思います。私も友達の家に行った時など、何か物足りなさを感じてしまうことがあります。そんな時、家の中に植物がないからだ、とふと気づくのです。私が特殊な環境で育ったせいかもしれませんが、昔の日本人は四季を生活の中に取り入れようと草木や花に敏感でした。今でも桜が咲いたら「ああ、春が来た」という感覚は誰にでもあるはず。その感性を忘れることなく、研ぎすまし、磨き上げながら受け継いでいきたいのです。
生け花の流派主宰者の経歴としては珍しいかもしれませんが、私は東京農業大学を卒業しました。在学中は都市計画を専攻しました。それは街や地球といった大きな視野で家の中の一輪の花を見つめたかったからです。それが、これからの時代には必要だろうと考えたからです。そのおかげか、今は植物の知識に加え、生活空間、社会空間で花道をとらえることができるようになってきました。
そうして自然と花、人について、こんなふうに考えるに至りました。
「私たちは自然から大きな恩恵を受けています。穀類や野菜が人の体をつくるように、花は私たちの心を育んでくれるのです。花を生けるということは、その花の命の輝きを引き出し、生けている自分自身も、そして見る人も、花の命を授かることだと思います」
(拙著『花─安達流の花芸』講談社刊 より)
花の命を授かるのが生け花。
花や草木を通して、私たちはこの先も自然を隣人として暮らしてきた日本人の美の心を育んでいけると思うのです。
安達 育(あだち いく)さん
花道家 花芸安達流二代主宰 安達曈子。
1979年、広島県呉市に生まれる。11才の時に、「花芸
安達流」主宰・安達曈子の養女となり、花道の修行に入る。
2002年東京農業大学地域環境学部造園学科卒、同時に全
国41 支部で「育と共に- 花芸フォーラム」を3年間に渡
り開催。
2005年、花芸安達流 副主宰就任、「春の椿」展(ハウスオブ資生堂)40日間の制作参加。2006年、二代主宰 安達曈子襲名。日本花の会理事、山野美容芸術短期大学客
員教授、国立大学法人東京学芸大学非常勤講師、恵泉女子学園大学非常勤講師、日本盲導犬協会評議委員。
著書に安達流の花芸とその技術、理論をまとめた『花- 安達流の花芸』(講談社)、『安達曈子- 作品と生涯』(社団法人花芸安達会)がある。
竹に囲まれた花芸安達流のエントランス
この後は、生活の中の花を楽しむためのちょっとした秘訣や、私の想いなどをお話していきたいと思います。
母が亡くなって3年が経ちました。母と仏様に捧げる花は、作品として生ける時とは違って、純粋に四季が感じられる花材を選んでいます。「今日はこんな花が咲いていましたよ」と、花道家であった母と花を通して対話するような想いでたむけています。
一般に仏花と言えば菊と考えられていますね。私は寺の出ですが、恥ずかしいくらい仏事のことはよく分かりません。でも花道家としては、なぜ菊なのだろうと思ってしまうのです。お葬式と言えば白菊やランというイメージですが、自分の中で「この人にはこの花を捧げたい」という気持ちがあれば、それを大切にしてほしいのです。人それぞれ、その人なりの仏花を大事な人にたむけてみてはいかがでしょうか。
花芸安達流本部の玄関で迎えてくれた涼しげな花
玄関などに置かれる迎え花は、家の中の花では一番外に近いものになります。ですから、迎え花にお花屋さんで買ってきたバラやガーベラをポンと置いても、異質な雰囲気になってしまうことがあります。リビングや個室などの洋室であれば、洋花…たとえばバラなどを飾っても合うと思いますが、外から来た人が最初に目にする迎え花は、庭にその時咲いている花や野に咲く季節の花など、外部と調和した雰囲気の花材の方が合うのです。
たとえば庭もヨーロッパ調にしており、そこに咲いているバラを置くのであれば違和感もないでしょう。洋風の家なら洋風の花でいいのです。つまるところ、暮らし手のライフスタイルや家の雰囲気に合った花が一番ということです。
さて、一般的に花といえば咲いた花のことを指しますが、生け花ではただ青葉を水盤に浮かべても、「花を生けた」と言います。冬、花のついていない枝を生けた場合も同様です。つまり、生け花ではその作品が輝いた時こそが「花」だとするのです。
たとえば、身近な庭や野に咲いているすみれ。小さく可憐なすみれの花をいかそうと思うと、小さな器になるかもしれません。要は、その茎や枝がいかせればいいのです。安達流では、その花の個性を消してしまうような生け方はしません。花に花器を合わせることがあってもいいと思うのです。
一般の人が花を生けている最中、いったん「失敗かな」と思ってしまうとその後が続かなくなるということをよく聞きます。
そうならないためには、花をいかせる長さを考えながら切ってください。もし失敗したら、小さい器に生け替えればいいだけです。
他人からどう思われるだろうかではなく、まず自分がその花を美しいと思いながら生けてみてください。
もちろん、生まれて初めて花を生けるという場合は、失敗してしまうかもしれませんね。でもどんな人でも回を重ねれば、どうすればいいのか必ず分かってきます。「思う方向にいかない」と感じることがあるかもしれませんが、そんな時は「こうしたい」という自分の思いが強く、その植物自体を見ていない場合が多いようです。テクニックに走るのではなく、植物を見る…それが美しい花を生けるポイントだと思います。
生活の中で花を楽しむには、好きな季節の花を選び、身の回りにある好きなものを花器に使ってみるのが一つの上達方法でしょう。極端に言うと、コーヒーカップに花を浮かべるだけでもいいのです。特殊な道具ではなく身の回りにあるものから気軽にチャレンジしてもらえるといいですね。「花器もないし、剣山もない。だから花を生けるのはやめよう」となってしまっては、もったいないです。作品として高めたいなら、花を生ける心や技法を習ってみるのもいいでしょう。
こうした花を楽しむ文化を忘れないで欲しいという願いは、すべての花道家の望みなのかもしれませんね。
2009年6月 花芸安達流本部 花室にてインタビュー
掲載 2009年8月
心に咲く花 TOP _ 2. 「心を育む花」を伝えていきたい
